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本心 / 平野啓一郎

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【★★★★★(個人的好みを5段階で)】



誰しも、誰かの(家族や恋人や友達や)本心を知りたいと思ったことがあると思います。
表に出さない(もしくは出せない、あるいは出したい)本心を抱えたこともあると思います。

この“本心”というものの扱い方について前々から思うところがあったので、この作品でこういうアプローチで言語化してもらって、また改めて“本心”について思考を巡らすことができました。

この作品は主人公・朔也の一人称で書かれています。
なので、わたしたち読者は、朔也の本心を知ることはできても、ほかの登場人物の本心を知ることはできません。
それはもちろん朔也も同じです。
朔也が好きだと言い出せなかった三好の本心、朔也になつくイフィーの本心、職場の同僚だった岸谷の本心。
それから、母親の本心。

他者の本心を知ることは容易ではありません。
たとえ「これは本心だから」と言って語ってくれることが、本当に本心だと確認するすべはありません。
そうだとするなら、人の本心とは“信頼”とセットでなければ意味がないのかもしれません。

それから、表に出せなかった本心は“無い”のと同じです。
三好に好きだと言えなかった朔也。
本心を表に出さなかったから、その“好き”は朔也の中だけにしかなく、外の世界からは見えないから無いのと同じです。
その虚しさがものすごくせつなくて空虚な気持ちになります。
別に、“好き”という感情に限った話ではなく、誰かの心(たとえば、わたしの心)に生まれた感情や思考が、表に出さなければ“無”と同じだということが虚しく、そして少し怖くも感じるのです。

この作品のテーマは、「最愛の人の他者性」なんだそうです。

自分以外は他者。
そんな当たり前のことが、ものすごく寂しく感じることもあれば、だから面白いと思えたりもします。



作品紹介(Amazonより)--------------------------
舞台は、「自由死」が合法化された近未来の日本。
最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子は、「自由死」を望んだ母の、<本心>を探ろうとする。
母の友人だった女性、かつて交際関係にあった老作家…。
それらの人たちから語られる、まったく知らなかった母のもう一つの顔。
さらには、母が自分に隠していた衝撃の事実を知る――。
ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。
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# by wakabadana | 2023-03-19 14:28 | 平野啓一郎

流浪の月 / 凪良ゆう

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【★★★(個人的好みを5段階で)】


おぞましいほどの傷を抱えた少女・更紗(さらさ)と、心も体も欠落していると感じている孤独な大学生・文(ふみ)。
ふたりがお互いの存在を心で求め合い、すがりつくように寄り添い合うように、ひっそりと傷を癒やし合っている様が、切なくてやるせない。

体ではなく心で繋がることの美しさがわたしには眩しくて、この、心が、魂が、お互いを求め合ってがっちりと結ばれている関係を崇高だと感じます。
体で繋がることも、心が繋がるのと同じくらい大事だと思っている派なので、体で繋がった関係が汚い、とかそういうことが言いたいのではなくて。
ただ、心が繋がることのなんと難しいことか。
そんなふうに思っているので、更紗と文の純愛が眩しくて憧れてしまうのです。

更紗を心配している人たちの言葉が、ひとつも更紗を救っていないというグロテスクさにはっとします。
わたしも心配の言葉をかけながら、不用意に誰かを傷つけてこなかっただろうか。
誰かを心配して声をかけるというのは、ともすれば傲慢な行為なのかもしれないと思ったりしました。

映画はタイミングが合わなくてまだ観れていないけど、先に原作を読んで心情の機微をしっかり感じ取れたので、映画がさらに楽しめそうです。



作品紹介(Amazonより)--------------------------
あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。
わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。
それでも文、わたしはあなたのそばにいたい―。
再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。
新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。
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# by wakabadana | 2023-02-10 14:27 | 凪良ゆう

ミシンと金魚 / 永井みみ

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【★★★★(個人的好みを5段階で)】


痴呆の症状がある老女・カケイさんが、デイサービスの介護士である“みっちゃん”に、自分の生い立ちを語って聞かせる、という作品。
カケイさんのひとり語りで物語が進みます。

痴呆症のカケイさんの話は、ときに辻褄が合わなかったり、カケイさんの勝手な思い込みだろうという部分があったり、カケイさんから見た一方的な解釈だろうということもあったりします。
そういう、整合性のない“ゆらぎ”みたいなものが、ひとり語りという文体で表現されていて、フィクションであるはずのカケイさんの人生がやけに生々しく感じます。

わたしの母親か、もう少し上くらいの年齢のカケイさん。
カケイさん世代の人の話を聞くのがもともと好きなので、作品の世界に一気に引き込まれました。

みんな平凡に生きているように見えるけど、ひとりひとりの人生の話を聞くとけっこう波乱を経験していたりします。
「その年代の人はわりとみんな経験していること」だとしても、人となりを知る誰かから聞けば(自分のおばあちゃんとか近所のおばちゃんとか)途端に波乱万丈な人生に見えたりします。

カケイさんの人生も、その年代の人にしてみたらよくあることでも、当の本人にしてみれば唯一無二の人生です。
読み終わったあと、そういうかけがえのなさを感じて、ほっこりするようなせつないような、ノスタルジーのような、泣きたくなるような、そんな感情になりました。



作品紹介(Amazonより)--------------------------
【第45回すばる文学賞受賞作】
【選考委員絶賛!】
小説の魅力は「かたり」にあると、あらためて感得させられる傑作だ。――奥泉光氏

この物語が世に出る瞬間に立ち会えたことに、心から感謝している。――金原ひとみ氏

ただ素晴らしいものを読ませてもらったとだけ言いたい傑作である。――川上未映子氏
(選評より)

【絶賛の声続々!】
「言葉にならない」が言葉になっていた。掴んだ心を引き伸ばして固結びされたみたい。今もまだ、ずっとほどけない。――尾崎世界観氏(ミュージシャン)

いまだに「カケイさん」の余韻が、胸の奥をふわふわと漂っています。生きることの全てが凝縮されている、とてもいい物語でした。――小川糸氏(作家)

カケイさんの心の中の饒舌に引き込まれているうちに、小説としてのおもしろさと力強さに頭をはたかれました。読み終わった時には、自分自身が癒されて、私ももっと小説を書きたい、頑張りたい、と強く思いました。――原田ひ香氏(作家)

カケイさんの中に亡き祖母を見た。祖母もきっと見ただろう花々に私も出逢えると信じて、これからも生きてゆこう。――町田そのこ氏(作家)
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# by wakabadana | 2022-12-29 14:25 | 永井みみ

高熱隧道 / 吉村 昭

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【★★★★(個人的好みを5段階で)】


立山黒部アルペンルートの観光で行くあの黒部ダムではなくて、それより前に建設された黒部第三発電所の話です。
立山に行く前に山友の百さんから借りて読みました。

徹底した取材を基に書かれたことが伺い知れる、臨場感あふれる作品でした。
過酷な工事、たくさんの犠牲者、重く悲惨な内容なので読み進めるのに時間がかかるかもと思いながら読み始めましたが、次から次に起こる難題と、まるでフィクションのような想像を絶する展開に引き込まれ、あっという間に読了しました。

今より土木技術も土木機械も劣っていた当時、よくもまあ、あれほど過酷な大自然を相手に真っ向から挑んだものだと思います。
そして、その自然をねじ伏せて発電所を建設してしたのですから、諦めない人間の底力に脱帽する思いです。
昭和の初めごろ、この時代が今より幸せだったとは言いませんが、「これから発展していってやる」という熱のようなものをひしひしと感じました。



作品紹介(Amazonより)--------------------------
黒部第三発電所――昭和11年8月着工、昭和15年11月完工。
人間の侵入を拒み続けた嶮岨な峡谷の、岩盤最高温度165度という高熱地帯に、隧道(トンネル)を掘鑿する難工事であった。
犠牲者は300余名を数えた。
トンネル貫通への情熱にとり憑かれた男たちの執念と、予測もつかぬ大自然の猛威とが対決する異様な時空を、綿密な取材と調査で再現して、極限状況における人間の姿を描破した記録文学。
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# by wakabadana | 2022-12-27 14:15 | 吉村 昭

平成くん、さようなら / 古市 憲寿

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【★★★(個人的好みを5段階で)】

主人公の平成くんが、そのまんま古市さんを連想させるように描かれているので、ふとエッセイを読んでいるような感覚になったりして、独特な読み心地の作品でした。

平成が終わるタイミングで死にたいと考える平成くん。
人が死にたいと思う理由は様々だし、傍から見たら「そんなことで」と思うようなことでも本人には切実な問題だったりして、当人の死にたい気持ちを簡単に否定しちゃいけないんじゃないかと思ったりします。
わたしは安楽死推進派なので、平成くんの気持ちが少しわかって面白かったです。
平成くんと愛の関係にも、ものすごく共感しました。



作品紹介(Amazonより)--------------------------
平成を象徴する人物としてメディアに取り上げられ、現代的な生活を送る「平成くん」は合理的でクール、性的な接触を好まない。
だがある日突然、平成の終わりと共に安楽死をしたいと恋人の愛に告げる。
愛はそれを受け入れられないまま、二人は日常の営みを通して、いまの時代に生きていること、死ぬことの意味を問い直していく。
なぜ平成くんは死にたいと思ったのか。
そして、時代の終わりと共に、平成くんが出した答えとは―。
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# by wakabadana | 2022-09-29 04:03 | 古市 憲寿